第12回ゼミ 「宗教と政治 」 (2008/01/16)

▽授業概要

日本の宗教と政治について創価学会と公明党を中心に理解を深めた。

ゲストとして島田裕巳先生をお招きした。

▼課題文献

『公明党vs.創価学会』 (朝日新書、2007年)

島田裕巳

▼文献要約

 

▼質疑応答例

・学会員でない公明党員とは?→一時日本学長会議の伏見議員。くさか議員は政治的共鳴からか。高木議員は元新聞記者。有識者を選挙で全国区や比例区でかつぎあげていた。しかし別段他の党でも議員が党と主義主張が同じとは言えない。自民党の中にも組織推薦の人がいて自民と反対している。公明党員でも創価学会で活動していないものだ。前代表神崎は池田と疎遠。というのも彼らは議員活動が忙しくて活動にまで手が回らない。

・池田が亡くなったあとカリスマ不在で池田を神聖化し信奉する流れが起こるのでは ?→現在池田が人気があるのは、幹部会での活躍である。これは人気スター的立ち位置である。今後池田をさらに神格化できるか疑念。池田の死亡は大ショックではあるだろうが、学会員は覚悟はしているだろう。

・池田と牧口・戸田での扱い方の違いはなにが要因なのか?→牧口のときは規模が小さく、また教育者の集まりという感じで宗教団体の機運は薄かっただろう。戸田はざっくばらんで聴衆を笑わせて聞かせるタイプ。よって両者ともにパーソナルな親しみがあった。池田はどうしても大教団のなかで、かつ名誉会長であるので会員から遠い。

・公明議員は固い地盤があるのだから集票のために地元での活動はしないだろう?→ きちんと有権者と意見交換するよ。そして相談を受けその解決のための折衝をし、さらに人数の少なさで多忙すぎている。

・他の宗教ではなぜ政党をつくれないのか?→戦後直後の天理教や今は新宗連からも 議員はでている。しかし正統派結成できない程度である。他にも大教団で政治への関心が欠如してたり政治向きの性格がないことも。

・自民田中派と公明党の関係は文献にあった。二階堂擁立劇では意見が分かれている 。なぜか?→竹入のヨミが微妙なバランスの政治のなかれのなかで間違ったのだろう。自民党の動きが読みにくいから。

・自・公・創のトライアングルについて。学会員にとって自民を支持するメリットは ?→恩を売っておこうということだろう。学会全体でそういう方針になっている場合、学会員はわりとすんなり受け入れる。これには学会員の傾向として「権威主義的パ ーソナリティ」があるからではなかろうか。

・創価学会関係のマスメディアが増えてきていると思うが、何を目指しているのか?→学会全体の大きな目標はない。公明党への期待もない。「平和の実現」「豊かさの実現」

・議員と学会の関係でうすいというが、会員の協力は創価学会のための選挙協力か?公明党のためか?→公明党に共感しているわけではないだろう。

・政治が役に立つか? 地方なら直接的に相談をかけもてるだろう。しかし国レベルでは学会共通の欲求があるとも思えない。国政に進出する理由は?→ないだろう。国政にでると人々に「まとまった票として驚異であり、キャスティングボードを握っている影響力のある団体」とどやされることもある。

・宗教としてのモチベーションは?→初期:下層として世の中をひっくり返したい。 現在に近づくと「一億総中流」というわけでそのモチベーションはうすまっていく。そしてキャスティングボードを握るようになると「自分たちが力を持っている」という自負が発生する。そして現在はそのモチベーションまでも下がっていく。

▼今日の授業

既存の常識で語られていることも、いざ詳しく実態を調べてみると、いろいろと違うことがあるようだ。今回の課題文献のタイトル「公明党vs創価学会」などはその典型だろう。自分もこの本を読むまでは、公明党と創価学会は一心同体であると決め付けていた。このような一般常識を覆し、新たな視点を獲得することは勉学においての楽しみの一つであろう。(名切)